大阪地方裁判所 平成7年(ワ)5160号 判決 1996年1月18日
原告
三木江美子
被告
長野哲也
主文
一 被告は、原告に対し、金八一万八九四四円及びこれに対する平成六年七月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告に対し、金一三三七万九一八三万円及びこれに対する平成六年七月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、普通乗用自動車同士が衝突し、一方の車の助手席に同乗していた者が負傷した事故に関し、右負傷者が、同車の運転者に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償(一部)を求めた事案である。
二 争いのない事実
1 次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 日時 平成六年七月二五日午前五時一〇分ころ
(二) 場所 大阪市中央区内本町二―三―五先路上(以下「本件現場」という。)
(三) 加害車 被告が所有・運転する普通乗用自動車(相模七八ひ一八四八、以下「被告車」という。)
(四) 相手車 中村勝敏が運転する普通乗用自動車(大阪七七と七五九二)
(五) 態様 被告車が本件現場交差点の赤信号を見落として同交差点内に進入したため、青信号に従つて交差道路を進行してきた相手車の前部と被告車の側面が衝突し、被告車が横転したもの
(六) 結果 被告車助手席に同乗していた原告は、右事故によりフロントガラスを破つて車外に投げ出され、臀部下腿切創、頸部捻挫の傷害を受けた。
2 被告の責任
被告は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条の責任を負う。
3 治療経過・後遺障害
(一) 原告は、本件事故により前記傷害を受け、平成六年七月二五日、同月二六日の二日間は聖和病院に、同月二八日から平成七年一月二七日まで(実日数一〇日間)は医療法人寿楽会大野記念病院に通院して治療を受け、右治療費として一八万六一二二円を要した。
(二) 前記傷害は、右治療の結果、平成七年一月二七日、症状固定し、臀部下腿に創部肥厚性瘢痕の後遺障害が残つた。
4 損害のてん補
原告は被告から本件事故による損害のてん補として一八万六一二二円を受け取つた。
三 争点
1 好意同乗減額・過失相殺
(被告の主張)
原告は、被告とともに本件事故の前日からデイスコ等で遊び、翌朝自宅に送つてもらう途中で本件事故に遭つたのであるから、原告は被告が遊び疲れで運転操作が緩慢になつていたことを認識すべきであつたし、本件事故の際、被告が足元に落とした煙草を拾うため下を向いていたのであるから、原告は助手席で前方の対面赤信号を確認して被告に注意を与えるべきであつたのに与えなかつたのであるから、二割の好意同乗減額をすべきである。また、原告は、シートベルト不着用のため本件事故によりフロントガラスを突き破つて車外に投げ出されて前記傷害を受けたのであるから、過失相殺をすべきである。
(原告の主張)
被告が本件事故当時疲れていたか否かは不明であるし、一般に助手席同乗者に前方を注視して運転者に注意を与える義務はない。また、原告がシートベルトを着用していたら顔が傷付いたおそれがあり、本件以上の損害が発生していた。
2 後遺障害の程度
(原告の主張)
前記後遺障害は、右大腿部に長さ一〇センチメートルと八センチメートルの傷が残り、更に臀部全体の二分の一近くに及ぶ範囲に長さ一、二センチメートルの多数の傷が残つたものであるが、原告が本件事故当時二一歳の女性であり、将来モデルを目指していたこと等の事情を考慮すれば、「女子の外貌に醜状を残すもの」あるいは両大腿のほとんど全域の醜状等に匹敵するものとして一二級に該当すると評価すべきである。
(被告の主張)
原告の後遺障害は、臀部右側全体に赤褐色状の一ないし二センチメートルの切創瘢痕(一八センチメートル×一六センチメートル)、右大腿外側部の上部一〇×一・四センチメートル、下部七×〇・六センチメートルの赤褐色状に色素沈着肥厚性手術瘢痕であり、臀部に関しては、全面積の四分の一に達せず、また、右大腿外側部に関しては、手の平の大きさに達せず、自賠責保険では非該当と判断されているから、非該当と評価すべきである。
3 損害
第三争点に対する判断
一 争点1(好意同乗減額・過失相殺)について
1 前記争いのない事実及び証拠(乙一の1ないし6、原告)によれば、原告は、被告とは知り合い程度の関係であり、本件事故は、原告が本件事故の前日から友達とデイスコ等で遊び、その帰りに被告の好意により自宅まで送つてもらう途中で起きたこと、本件事故原因は、被告は、本件現場交差点手前五十数メートルで同交差点の対面赤信号を確認し、停止しようと思いながら、足元――に落とした煙草を拾うのに下を向いたまま同交差点に進入したことにあること、被告車の助手席に同乗していた原告は、本件事故の際、被告がしゃがむのはわかつたが、意識して前を見ていたわけではないので、対面赤信号は見ていなかつたこと、原告は、本件事故の際、シートベルトを着用していなかつたこと、相手車の前部が被告車の助手席側ドア付近に衝突して被告車がその進行方向からみて右斜め方向に押されて右に横転した結果、原告はフロントガラスを破つて車外に投げ出され、フロントガラスの破片で前記傷害を受けたことが認められる。
2 右事実によれば、被告に遊び疲れがあつたとしても、本件事故態様からみて被告の疲労による運転操作の誤りが事故原因ではないから、被告が疲労により運転操作が緩慢になつていたことを原告が認識していたとしても、原告に事故発生につき非難すべき事情は存しないこと、一般に助手席同乗者には運転者に信号、標識等につき、注意を喚起する義務はないうえ、そもそも本件では、被告は、本件現場交差点手前の五十数メートル手前で同交差点の赤信号を確認し、停止しようとして同交差点進入の直前で前方から目をそらして本件事故を起こしたのであるから、助手席同乗者である原告がことさら赤信号を知らせて注意を喚起することで本件事故が回避できたような事案ではないことから、好意同乗減額は認められない。しかしながら、原告は、本件事故の際、シートベルトを着用していなかつたために車外に放り出され、車外に飛び散つたフロントガラスの破片で前記傷害を受けたのであるから、シートベルト不着用が損害拡大に全く影響しなかつたものとはいえず、五パーセント程度の過失相殺をするのが相当である。
二 争点2(損害)について(円未満切捨て)
1 休業損害(請求額一一万八一五八円) 一一万八一五八円
原告は、本件事故当時、二一歳の女子であり、風俗店(フアツシヨンヘルス嬢)で働いていたが、本件事故により平成六年七月二六日から同年八月一〇日まで一六日間休んだことが認められるから(原告)、少なくとも平成四年の賃金センサスによる平均年収二六九万五五〇〇円(産業計・企業規模計・女子労働者の学歴計二〇歳から二四歳、顕著な事実)を三六五で除して算出した一日当たりの収入を一六日間得られなかつたのであるから、休業損害は一一万八一五八円となる。
2 後遺障害逸失利益(請求額八八八万一〇二五円) 〇円
原告は、臀部や下腿の前記後遺障害につき、「外貌」の醜状である旨主張するが、自賠法施行令二条別表の等級表(以下「等級表」という。)にいう「外貌」とは、上肢及び下肢以外の日常露出する部分をいうと解されているところであるから、右主張は採用できない。なお、原告は、自らがモデル志望であることも考慮し、前記部位の後遺障害でも「外貌」に当たる旨主張し、モデルの養成所に入る資金工面のため風俗店で働いていた旨供述するが、風俗店では高収入があつた旨供述しながら、貯金が全くできず、かえつて二〇〇万円程度の借金を作つたこと等を考慮すると、原告がモデルになろうとする意思はそれほど強いものではないことが窺われるから、右主張は採用できない。
また、原告は、前記後遺障害の瘢痕は、両大腿のほとんど全域、臀部の全面積の二分の一程度を超える醜状である旨主張するが、平成七年一月二七日の症状固定時には、右大腿外側部の上部に長さ一〇センチメートル、下部に八センチメートルの肥厚の瘢痕、臀部右側全体の二分の一近くに及ぶ範囲に長さ一、二センチメートル大の瘢痕が多数、自賠責保険の調査面接時である同年二月二七日には、臀部同箇所に赤褐色状の一ないし二センチメートルの切創瘢痕(一八センチメートル×一六センチメートル)、右大腿同箇所の上部につき一〇×一・四センチメートル、下部につき七×〇・六センチメートルの赤褐色状に色素沈着肥厚性手術瘢痕が確認されたことが認められ(甲四、乙二、三、検甲一ないし六、原告)、原告主張の範囲、程度には到底達していないことが認められるから、原告の右主張は採用できない。
そこで、前記瘢痕が等級表に該当するかを判断するに、臀部はもちろん、右大腿外側部についても、下肢のひざ関節以下が露出面と解されているから、露出面以外の部位であるというべきであり、仮に原告が日常的に着用していた丈の短いスカートを着ることができなくなつたとしても、労働能力喪失を念頭においた後遺障害等級を判断する際には右事情は考慮すべきでない(原告がモデルを目指していた点を考慮すべきでないことは前記のとおりである。)。そして、右大腿部にあつては、そのほとんどその全域、臀部にあつては、その全面積の四分の一程度を超えるものは「醜状」として等級表一四級に該当するものと解されているところ、前記瘢痕は、前記認定した範囲、程度であるから、右範囲、程度にも達していないことが認められ、前記瘢痕は、等級表一四級にも該当していないものといわざるを得ない。したがつて、後遺障害逸失利益は認められない。
3 傷害慰謝料(請求額一八万円) 一八万円
前記した受傷内容、通院期間等をを勘案すれば、一八万円を認めるのが相当である。
4 後遺障害慰謝料(請求額三〇〇万円) 五〇万円
前記したとおり、原告の前記後遺障害は等級表一四級にも該当しないものではあるが、原告は、本件事故当時、二一歳の若い女性であり、前記後遺障害の瘢痕により日頃着用していたスカート等が着ることができなくなつたこと(原告)等を考慮すれば、五〇万円を認めるのが相当である。なお、被告は、平成六年八月二日時点では、前記創傷が清明であつたのに同年一〇月五日にはケロイド様に肥厚したのは(甲六の1ないし3)、その間、原告が医師の指示を守らなかつたか、診察を受けなかつたからである旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はなく、清明であつた前記創傷がしだいに治癒していく過程でケロイド様に肥厚した可能性も否定できないから、被告の右主張は採用できない。
5 将来の手術費用等(六五二万六一八一円) 〇円
原告は、前記後遺障害の醜状痕を整形するための手術費用及びそれに伴う損害を主張するが、右手術は、少なくとも一〇〇万円程度がかかるうえ、手術をしたとしても完全に醜状痕を消すことができるものではなく、また術後も十分注意して患部を管理しないと前よりも悪化する危険があるというものであり、またそのことから、医師も右手術を勧めておらず、原告自身にも右手術を積極的にしようとする態度が窺えないから(甲九、一〇、原告)、右手術費用等の損害は、本件事故と相当因果関係にあるものとは認められない。
6 以上の損害は合計九八万四二八〇円(前記治療費一八万六一二二円を含む。)となるが、前記五パーセントの過失相殺をし、既払金一八万六一二二円を控除すると、七四万八九四四円となる。
7 弁護士費用
本件事案の内容、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当損害額は七万円が相当である。
三 以上によれば、原告の請求は、金八一万八九四四円及びこれに対する本件事故日の翌日である平成六年七月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐々木信俊)